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2006年1月12日 (木)

トラックバック論ふたたび

Livedoorのトラックバック制限の告知以来、なんかいろんなところでトラックバックの「あるべき」論が再燃しているようですね。なんかBLOG黎明期みたい。

代表格なのはこの人。

トラックバックをめぐる4つの文化圏の文化衝突――「言及なしトラックバック」はなぜ問題になるのか [絵文録ことのは]

言及リンク文化圏関連仲間文化圏ごあいさつ文化圏spam文化圏とブロガーを四類型に分けて「四つの文化圏の衝突」と論じていますが、血液型占いじゃあるまいしどうしてなんでも類型化、一般化しないと気がすまないのかなあというのが素朴な疑問。

トラックバックSPAMがウザイのはみんなの共通意識であって、それを下位の文化とするのは道徳的にもネット資産浪費の観点からもわからなくもないけど、『「文化の違い」そのものに正邪はない』とか言いながらも「言及リンク文化圏」とやらを最上位と考えているニホヒがぷんぷんと漂ってくるところには、なーんかパソコン通信時代初期の経験値ヒエラルキーを髣髴とさせる嫌らしい違和感を感じたりもします。

あとね、そもそも開発者が想定していない使い方は間違っているんだ(前掲ブログ記事「関連仲間文化圏」はどのようにして生まれたか)、という論理展開はなんだかなあと思いますね。習慣的に確立していけばそれを開発者が想定していようがしていまいがそれが正規の使い方として社会的に認知されたということじゃないのかなあ。言語の変遷と一緒じゃないの?

ちなみにワタシは記事内言及リンクをしていなくても内容の関連性があればトラックバックを打ってきましたし、きっとこれからもそうするでしょう。相手先の記事内容に同意するにせよ反論するにせよ、同じ内容を相手先のコメント欄に書き込むよりも自分の書いた記事を読んでもらった方がワタシの考えを伝えやすいと思うから、です。逆に先様から飛んできたトラックバックに対しても、追記という形で記事内で反応してきたことも多々あります。記事には記事を、ということでね。

自分の中では、ある意味トラックバックは同意の場合は「血盟状」(きんもーっ☆w)、反論の場合は「挑戦状」と捉えているという面もある(すっげー自分視点ですがね)し、何より誰かの記事に対する反応を記事化してトラックバックするよりも、ニュースソースに対する自分の考えを記事化した後にたまたま見つけた(ほとんどが巡回先だけど)同様のソースで記事にしている人のとこにトラックバックを打つことがはるかに多く、反論ならともかく同意の意味で後から記事に言及リンクを付け加えるのは唐突感があってやだという言い訳もあったりします。

まあ、アルファブロガーさんたちの言うことはBLOG界の常識なんでしょうから、これ以上ワタシのようなトラックバックSPAMもロクに飛んでこない末端ブロガーが身の程知らずに異を唱えるのは自粛しておきます。

少なくとも「関連仲間文化圏」などと揶揄されるヌルイ思いで打ってるわけではなかったりするんですよ。(なんだ、お前も差別意識丸出しじゃないかって?わはははは、このBLOGが明らかに偏向しているのは記事を読めばわかるでしょうに)

そういうスタンスですので、飛んでいったトラックバックについては何卒煮るなと焼くなと好きにしてくださいませ。

投稿者 青柳 洸 at 午前 10時04分 ウェブログ・ココログ関連 | | この記事へのリンク

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2006年、最初の書き込みです。 ブログをはじめてはみたものの、正直、いろんな機能がわからないままやってきています。 コメントはともかく、トラックバックというものがよく分 続きを読む

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